
明治34年(1901年)に山形県米沢市の上杉神社より分霊され創建されました。謙信の遺徳を慕う旧高田藩士の小川澄晴が創建しました。高田藩は上越市内の高田城を藩庁とする藩、言い換えると地元の藩です。創建にあたっては、「日本近代郵便の父」と呼ばれる前島密らの支援もあったそうでが、前島密も現在の上越市出身です。

謙信はここ春日山城で生まれ、亡くなったのも春日山城です。ただ後継者・景勝の時代に、上杉家は豊臣秀吉の命で会津へ移り、関ヶ原の戦いのあと処理で大幅に減封されて米沢へ移りました。米沢藩の初代藩主は景勝ですが、謙信は藩祖として崇敬され続けました。米沢藩上杉家は江戸時代を通して存続し、明治になってから、米沢城本丸跡に上杉神社が創建されました。その分霊が、謙信の故郷である春日山に鎮座しています。

こちらは境内の神輿殿。謙信公祭で活躍する「謙信公みこし」が格納されています。神輿は総ケヤキ造りでかなり大きいため、担ぎ手は3百人にもなります。

毘沙門天を深く信仰し、義の武将として知られる上杉謙信を祭神として祀っています。これにより、勝負運を願う参拝者が多く訪れています。

境内には凛とした空気が漂うものの、やはり日本100名城にも選ばれる春日山城と一体の神社です。歴史ロマンも漂う素敵な神社でした。
■訪問:春日山神社
(春日山城跡)
[新潟県上越市大字大豆]1743
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<上杉神社>

[山形県米沢市丸の内]1丁目
