城のなごり

消えてなお残る余韻を求めて城跡を訪ね歩く記録です。

2017-04-01から1ヶ月間の記事一覧

石田三成が夢の跡(行田市)石田堤

成田氏の忍城訪問の後に、今度は攻め手の石田三成が陣を構えた丸墓山古墳付近を探索しました。4月下旬の晴れの日。新緑が鮮やかでした。 <丸墓山古墳>まるはかやま 円墳としては日本最大規模です。直径は105m ■背 景■ 秀吉は小田原征伐の一環として、本…

誇り高き成田氏と忍城(のぼうの城)

■ 成田氏百年 ■ 忍城の成田氏は、親泰・長泰・氏長の三代にわたって百年続きました。戦乱の世、しかも武蔵国の激戦区で百年続くのは大変なことです。新田開発など経済的な基盤造りに成功したこともありますが、それだけではもっと巨大な勢力、武田・上杉・北…

忍城のなごり(行田市)

つわものどもが夢の跡 埼玉県行田市の忍城を訪問しました。 <忍城>おしじょう この城は和田竜さんの小説「のぼうの城」で一躍有名になりましたね。15世紀後半(1490年前後?)に成田氏によって築かれたと考えられています。 ■ 成田氏の居城 ■ 全ては山内上杉…

エールを送りたくなる川

暗渠を知って以降、街のあちらこちらを横断している見えない川に敏感になりました。 <桃園川の暗渠>ももぞのがわ <稲付川の暗渠>いなづけがわ <出井川の暗渠>でいがわ <烏山川の暗渠>からすやまがわ どの川も完全に街に溶け込んでます。日本の治水の…

川の無い護岸 唱歌「春の小川」のその後

<春の小川> 説明なしだと、ただの線路沿いの道。しかも狭くて、人と人がすれ違うのにも気を使う路地です。 ここは文部省唱歌「春の小川」の舞台であったとされる場所です。 <説明>この歌の作者(作詞を担当した高野辰之)が、東京府豊多摩郡代々幡村に住ん…

川の無い橋(川の跡)

痕跡を見つけて「そこに本来あったもの」を想像する。これは廃城巡りの楽しみでもあります。 数年前、あるきっかけで「暗渠」という世界と出会ってしまいました。 それが城跡巡りと共通点が多かったことから、いまだにその世界に留まっています。 「暗渠」 …

山吹の里(越生町)若き日の道灌の逸話

春の季語でもあるヤマブキ花の時季をねらって山吹伝説の地を訪問しました。 ■ 現地訪問 ■ <山吹の里公園> ここは埼玉県です。「山吹の里」に関する史跡は都内(高田馬場ほか)を含め複数ありますが、私は道灌の出身地であるこの地が最も相応しいと思っていま…

滝の城のなごり(所沢市)

所沢市の「滝の城」のご紹介です。河岸段丘の崖の上に築かれた中世の山城です。 <本丸の石碑> ここは本丸跡。石碑には瀧之城本丸之趾と刻まれています。 以下は所沢市ホームページからの抜粋です。 『柳瀬の城地区にある城跡で、台地の縁辺部を利用した多…

所沢の城跡を訪問 滝の城

つわものどもが夢の跡所沢市の断崖上に残る城の痕跡を見に行きました。 <滝の城>たきのじょう 滝の城と呼ばれています。別名は本郷城。埼玉県所沢市といっても、お隣の清瀬市(東京都)との県境に位置しています。県境を流れる柳瀬川北岸の断崖上に築かれた…

つわものどもが村の跡(荻窪)伊賀の里の伝承

つわものどもが夢の跡今回は杉並区の荻窪に残る伊賀者のなごりのお話です。最初に言っておきますが、遺構とか、物的証拠と出会えたわけではありません。そこに漂うなごり。それを感じてみたくなった。そんな記録です。 ■ 荻窪の支配者 ■おぎくぼ 古くは豊島…

外濠のなごり 赤坂見附

<赤坂見附跡>あかさかみつけ 赤坂の見附跡です。見附とは簡単に言えば見張り役が常駐する城門のこと。ここはかつて江戸城の城門がありました。 駅は有名ですが、いわゆる「赤坂見附」へ行かれた方は少ないのではないでしょうか?行く必要がない……まぁ普通…

外堀土塁跡の桜 四谷見附

外堀の土塁上の小路 江戸城外濠は桜の名所となっているところが多いですが、ここ四谷駅付近もこの季節は魅力的な場所です。普段は城のなごりが地味に漂うだけですが(それは別の意味で魅力的ですが)、春になると姿が一変。普段なら素通りするであろうビジネス…

花崎城のなごり(加須市)端崎の城跡

つわものどもが夢の跡加須市の花崎城跡を訪問しました。 <花崎城跡> 周辺より僅かに高い所に築かれた平城。ここは縄文時代の土器なども発掘されていることから、遺跡として注目されている場所です。 花崎城は久喜市の粟原城の支城と推定されています。当ブ…

粟原城のなごり(久喜市)

つわものどもが夢の跡粟原城跡とされる場所を訪ねました。<鷲宮神社>わしのみやじんじゃ 雨の中、城跡と推定されているこちらの神社の西側を、古地図を頼りに探索してきました。しかし結論を言うと、収穫はありませんでした。ただ、城跡と思われるエリアが…

桜咲く道灌ゆかりの名城 岩槻城

つわものどもが夢の跡 桜の時期にあわせて埼玉県の岩槻城を訪問しました。 <桜咲く岩槻城跡>いわつきじょう 扇谷上杉氏の命を受けて太田道灌が父とともに築城した城。現在は公園として整備されています。桜が見頃となり、本日は家族連れで賑わっていました…

暗渠と城跡8 桜咲く出井川と志村城

<桜咲く志村城跡> 志村城と出井川については既に記事にさせてもらっているので、今回は本日撮影してきた画像を中心に、春の城跡と暗渠を投稿させて頂きます。 当ブログでは「暗渠に気付くアンテナがあると、街の中の城跡巡りが一層楽しくなります。天然の…

廃城巡りのきっかけ(佐和山城と彦根城)

城といえば普通は石垣や天守が立派な城をイメージしますよね? 私も以前はそうでした。少し前の話になりますが、観光で訪れた滋賀県で、ついでに見て回った二つの城があまりにも対照的なことに衝撃を受け、廃城を意識するようになりました。この頃はまだ城好…

暗渠と城跡7 稲付川と稲付城

(赤羽の城跡のつづきです) 太田道灌が江戸城と岩槻城を繋ぐ拠点として築いたと推定されている稲付城。赤羽駅からすぐの高台にあります。 前の記事と重複しますが、ここ赤羽は地形的に大変興味深い街です。駅の東側と北側に向かって低地が広がり、逆側(駅の西…

赤羽の地形と道灌築城の山城跡(稲付城)

つわものどもが夢の跡 太田道灌築城と伝わる北区の山城を訪ねました。 <稲付城跡>いなつけ 道灌が築城したと推定されている稲付城です。急な石段。凄いところにありますね。見ての通りの台地上に築かれた城です。地名「稲付」は、暴れ川だった荒川が氾濫す…