城のなごり

消えてなお残る余韻を求めて城跡を訪ね歩く記録です。

2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

久留里城のなごり(君津市)

つわものどもが夢の跡 千葉県君津市の山城を訪問しました。<久留里城>くるりじょう 本丸跡の模擬天守です。 ■久留里城の歴史■ 私は漠然と「里見氏の居城」というイメージのまま訪問しましたが、歴史はかなり長く、廃城も明治になってからということを現地…

お玉ヶ池(久留里城)悲話が伝わる山城の池

久留里城には悲話が伝わる池があります。 <お玉ヶ池>場所は二の丸のすぐ下あたりです。 <説明板>こちらの説明によれば『久留里城の二之丸は、水源がなく不便な場所でした。城主の里見義尭は、家臣の兵馬に池を掘るように命じました。』とのこと。久留里…

里見北条古戦史碑(久留里城)

<里見北条古戦史碑> 安房国(千葉県南部)から始まり、徐々に房総半島全体に勢力を拡大した里見氏が、迫りくる小田原北条氏の軍を二度に渡って退けたことが記されています。 <薬師曲輪からの眺め>こちらは久留里城二の丸の腰曲輪(薬師曲輪と呼ばれていま…

山城に鎮座する八幡神(久留里城)雨城八幡神社

<雨城八幡神社>うじょう 久留里城跡の雨城八幡神社です。雨城(うじょう)とは久留里城の別名です。 <薬師曲輪跡>雨城八幡神社はほぼ山頂に位置する薬師曲輪跡に鎮座しています。 城跡の神社というと、城の鬼門に祀られたことに始まるとか、城主の氏神と…

山頂近くの井戸(久留里城)男井戸・女井戸

久留里城跡を散策中に井戸を見つけました。遠くから漢字だけみて「おとこいど・おんないど」かと思いきや <男井戸・女井戸> おいど・めいど…? <めいど>…カフェ? 教養のなさそうな発想で恐縮ですが、現地で頭をよぎったのは事実。しかし、設置されてい…

久留里城の模擬天守(君津市)

久留里城は室町時代に築かれた古い山城ですが、江戸時代も引き続き存続し、近世城郭として整備されました。 <久留里城>くるりじょう こちらは本丸跡の模擬天守です。模擬といっても、久留里藩の藩庁となった久留里城に、天守は確かに実在していました。文…

君津地方で考案された井戸掘りの技術(上総掘りの井戸掘り櫓)

千葉県の久留里城を訪問した際に、こんな光景と出会いました。<上総掘りの井戸掘り櫓>かずさぼり まるで水車のような巨大な輪。これは井戸を掘削するために設備です。現地説明板によれば、明治の中頃、ここ君津地方で考案された掘り抜き井戸の掘削技術は、…

活動を再開している2023年(令和5年)

新型コロナウイルスの影響で遠慮ぎみだった城巡りを、最近は堂々と行えるようになりました。自粛が始まったのは2020年からですから、長い長い我慢の時でした。<上総国>かずさのくに コロナと関係なく、城巡りは原則ひとりですが、久しぶりにお仲間の車に同…

神鳥谷曲輪(小山市)土塁が残る名族の館跡

つわものどもが夢の跡 北関東の名族・小山氏の館跡を訪ねました。<神鳥谷曲輪>ひととのや こちらです。まずこの神鳥谷という地名ですが「ひととのや」と読みます。現地はJR小山駅から徒歩で20分程度でしょうか。更地となっており、説明板が設置されてい…

赤坂の勝海舟邸跡(勝安房邸跡)

港区赤坂でこんな光景と出会いました <勝海舟と坂本龍馬> いうまでもなく、師弟関係ですね この地は勝海舟屋敷跡とのこと。もっとも、勝海舟はたびたび引っ越しをしましたので、そのうちのひとつということになります。 <説明板と石碑> 勝安房邸跡と題し…