2017-02-01から1ヶ月間の記事一覧
つわものどもが夢の跡 かつて壮絶な戦いがあった山中城。今回はこの戦いで生き残った武将についてです。<山中城の障子堀> 豊臣秀次を総大将とする7万の大軍勢。これと戦う山中城4千のなかに、援軍として駆けつけた玉縄城主・北条氏勝の姿がありました。 …
<つわものどもが夢の跡> 本当に見事な城址公園です。 ただ、ここで壮絶な戦いがあったことは忘れてはなりません。 ■ 山中城の戦い ■1590年 その日、秀吉の天下軍7万が早朝からこの山中城を取り囲みました。迎え撃つ北条側は約3千(資料によっては4千)。…
つわものどもが夢の跡障子堀で有名な三島市の城跡を訪ねました。 <障子掘と富士山> ■小田原北条氏の城■箱根の砦 ここ山中城は北条氏康により築城された小田原城の支城です。本城のある小田原の西を守る重要拠点でした。城は東海道を挟み込むような構造にな…
都内にもあるつわものどもが夢の跡。今回は烏山の城跡の比定地です。 烏山城といえば、栃木県北部にある那須氏の居城が有名ですね。行ってみたいですがそれはそれとして、今回の訪問は世田谷区。最寄駅でいうと千歳烏山駅になります。 ■千歳烏山■ 若い頃に慣…
暗渠と城跡 都内にもあるつわものどもが夢の跡。暗渠をからめた楽しみ方、二つ目の例として世田谷城跡と烏山川緑道をご紹介します。 ■世田谷城■ <世田谷城跡> 城址公園として整備されています <遺構> 空堀あり土塁あり…ですね。23区内としてはとても貴重…
■ 街の中の城巡り ■ 城跡巡りですが、いつもいつも遠くまで行ける訳ではありません。普通の会社員です。それなりに忙しく、お小遣いにも上限が… そこで通勤定期を使って、土日に都内の城跡を訪ね歩いたりしています。「街の中の城跡巡り」です。結構歩くこと…
つわものどもが夢の跡皆川城訪問記のつづきです。 ■ 帯曲輪 ■ 皆川氏の歴史も興味深いですが、実はこの帯曲輪(おびくるわ)を見たくて訪問を決めました。主要な曲輪の外側を取り囲むように設けられる細長い区画を帯曲輪といいます。また、帯状とまではいえな…
■蒼天の山城■ <山頂の石碑> 標高147mの典型的な城山です。麓から頂上までは50mくらいでしょう。 つわものどもが夢の跡小山氏一門にして、結城氏とも関係の深い皆川氏。今回はその皆川氏の居城跡の訪問記録です。 ■行きにくい■最初に 多少の距離なら気にし…
筑西市の城跡巡りを終えた帰り道、お隣の結城駅で下車しました。駅の北側には結城城跡があります。ただ、既に何回か訪問しているため、この日は残された時間でまだ行ったことがない場所へ つわものどもが夢の跡 あの名門結城氏の初代の館跡を訪ねました。 <…
<久下田城本丸> 茨城県筑西市の三つの館。ここが上館にあたる久下田城の本丸となります。 「城のなごり」という優しい響きが不似合いな、かなり迫力のある場所です。物理的なもの以外のなにかが放出されているような?そんな気配が漂います。ちなみに、私…
筑西市の三つの館跡。最後に上館を目指して北上します。 その前に、もう一度中館(伊佐城跡)付近の五行川 <五行川> 東の彼方には筑波山。ここ筑西市の名の由来ですね。 下館・中館・上館は全てこの川の西岸に位置します。川の別名は勤行川(ごんぎょうが…
藤原秀郷が将門討伐のために築いた三つの館。下館の次は中館を訪ねました。 と、簡単に書いてしまいますが、実は道に迷って大きく遠回り。このあと上館まで行くことを思うと、ややへこんでました。 遠くに土塁らしきものを発見。希望が見えたかに思われまし…
茨城県にかつてあった下館市。現在は筑西市となっています。 城跡好きとしては、この下館という文字が市の名前から消えてしまったのが残念です。その呼び名は、かつて川沿いに築かれたという三つの館(北から順に上館・中館・下館)に由来します。 つわものど…